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変なところが似たもんだ

「やっと着いた……いやマジ辺境だわ……」
 公共交通機関と呼べるものはおろか舗装された道路すら満足に届いていない、そんな場所。小さな村の中に位置する集落に実家はある。ここで幼少期を過ごしたわけではなく、海外の大学へ進学した隙に両親が田舎暮らしを決行してしまっただけ。
 いくらどこでもできる仕事をしているからって、こんなに入り組んだところに引きこもらなくてもいいんじゃないかと思う。
 じゃないと、せっかくバカンスで帰省したってのに入国から三日移動し通しでやっと到着なんて馬鹿らしいことになるんだから。
 最後に降りた山岳鉄道の駅から雪道を歩いて二時間半、ようやく見えてきたのは、雪を積もらせた大きな大きな茅葺屋根だった。
 道中不通だったネットは家の中ならなんとか使えるらしい。
 現在地を報告しろとうるさい人がいるので困っていたのだ。あらゆるアプリが再送作業を完了させていた。
 電気と水道の次くらいに両親が必要とするのがネット環境。移住にあたり、相当の金を積んで整備したそうだ。
 母曰く、民泊もやっているらしい。
 こんな辺境の地に足を運ぶなんてマニアックな人もいるもんだと呟けば、色々あるから見てこいと怒られた。
 どうせならと一眼を取り出したが、予備三本も含めバッテリーがすっからかんで役に立たない。代わりにロケハン用のミラーレスを掴んで家を出る。
 ここの冬は先週までいたアルプスの麓に比べればどうということはない。首からカメラを下げて、土のままの道を歩いていく。
 隣の家は百メートルくらい先で、その次も同じくらい先。
 誰もいない道を進んでいけば、不意に声をかけられた。
「ありゃ、見かけない人だ」
 一体どこからと思って見回せば、少し道を外れたところの民家からおばあちゃんが顔をのぞかせていた。
「どうも。そこの、変わり者夫婦のところのもんです」
「ああ、観光の人?」

「いえ、あそこ、実家……でして」
 そこまで言うとぴんと来たらしい。コメディみたいに手を打って思い出してくれた。
「アメリカの大学で勉強してるっていうあの!」
「ええと、すみませんフランスです」
 このおばあちゃんが間違えてるのか、うちの親がそもそも言い間違えたのか、どちらとも言い難い。
 しかも今はもう拠点をそこに置いてないし、そもそも学生の身分ですらない。
 報告しないといけないことが多すぎるのに、帰ってくるのに必死すぎて何一つ言えてない。
 ああ、気が重い。
「あんたも写真かいね。あっこに泊まりに来る人は、みんな写真なんだわ」
「そうなん、ですか」
「なんでもないとこなんだけどね、それがいいんだってぇ」
 おばあちゃん曰くこの集落はほぼ一本道。しばらく行くと神社が現れてその先は森になるそうだ。森は幅員が狭いので車は無理だが単車なら行けるらしい。
 それを越えればまた別の集落で、そちらにはコンビニや郵便局もあるそうだ。
 おばあちゃんの言葉に違わず、本当に特になにもなく、結局シャッターは一回も切らなかった。
「あんた、もう帰ってきたの?」
「だってマジでなにもなかったし」
「面白くない子だね。カメラ、色々撮れたでしょ」
「いや、一枚も撮ってない」
「好奇心の希薄なそういうとこが、作品にも滲み出るのよ」
 何百回と言われたその言葉にも、今なら言い返すことができる。
 そう思ってしまったから、焦った。
「それなんだけど――パトロンがついた。学校は辞めた」

 アレックスに出会ったのは、夏に開かれた学校の共同作品展でのことだ。
 くじに負けたせいで裏方をやることになって、脚立を抱えて走り回っていたところを呼び止められた。
 名前じゃなく、そこの日本人、みたいに声をかけられた。
 日本人は一人だけだったから間違っちゃいないけど、割と不愉快で、ヤンキーみたいな返事をした。
 アレックスは十個年上のへにゃへにゃした感じの奴で、そのときもへらへら笑っていた。
『お前の写真が気に入った。いいものを食えているようには見えないから、面倒を見てやろう』
 そこから一か月弱、毎日付きまとわれて口説かれ、最終的に契約書にサインした。
 しつこかったからではなく、相手もまた芸術家だったからだ。
 新進気鋭の建築家として名を知られるアレックスの得意分野は巨大構造物。橋とか塔とかスタジアムとか。そしてその付帯物としてのライフライン、道路、鉄道、飛行場。都市を構成するあらゆるものがその手で設計されていく。
 とにかく人工物にしか魅力を感じない身には垂涎物のラインナップだった。
 なにより、アレックスは建設中の現場での撮影を許してくれた。
 組み上がりゆく鉄骨の不安定な様、タワークレーンのワイヤーの煌めき、舞い上がる砂塵、深く掘られた地盤の断面。
 アレックスが手がける現場を撮り、アレックスが視察に行く先を撮り、ときどき朽ちゆく建造物を探して撮り。
 毎日汗と泥まみれになってSDカードを満タンにしてくるのを褒めてくれて、たいそう居心地がよかった。
 学校なんて行ってる場合じゃなかったから辞めた。
 退学届を出して、ビザだけ言いくるめて、半年間ずっとアレックスと行動を共にした。
 ――と、事実を淡々と説明すれば、両親は少し困った顔をした。
 炬燵の上には日本酒と蟹味噌。おせちの残り、その他色々な肴。
 まだ飲んじゃ駄目な年とかそういう野暮なことは抜きだ。
「……なにも相談とかしてなくて、ごめん」
 微妙な沈黙の後、父は笑った。

「いやあ、変なところが似たもんだなあ……」

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